瑞鳳殿の次に向かったのは、仙台市博物館。
予想以上に瑞鳳殿で時間を使ったので、
博物館までタクシーに乗った。
タクシーの運転手さんは、ガイドさんみたいな方で
いろんなことを話をしてくださった。
博物館に着いたら、運賃もおまけしてくれた(笑)
宮城の方々はいい方達ばかりだ!

博物館はこどもの日は小中学生は無料とのことで、
息子も無料で入れた。
ここではなんと言っても、伊達政宗公所用 黒漆五枚胴具足。
撮影不可なので写真に撮ることはできなかったけど、
3回もまわって見に行ってしまった。
やっぱり本物はかっこいい・・・・・
自分が甲冑を作った時のことを思い出すとうるうる来てしまった。
(自作甲冑の記事は
こちら)
こうやって作ったな~・・・・・
ここ大変だったな~・・・・・・
三日月の前立て、やっぱりいいな~・・・・・
なんだかいつまでも眺めていたい気分だった。
他にも有名な
馬上少年過
世平白髪多
残躯天所赦
不楽是如何
の漢詩が書かれた伊達政宗画像があった。
予想以上に大きくて、鮮やかな絵だった。
政宗の小姓・木村宇右衛門の覚書もあった。
政宗本人の言葉が、木村宇右衛門の手によって書き記されたもので、
政宗の生き様がうかがえる。
去年これが翻訳された本を読んだ。


この原本があるとは・・・・・・(涙)
政宗の直筆の書状も多数あった。
政宗の時代には、花押などのいわゆるサインは自筆で書かれても
自筆の書状を書くことはそれほど多くはなかったようだが、
政宗の場合「政宗の手紙」が一冊の本になるほど、自筆の書状が残っている。
それだけ筆まめであり、それが政宗の美学だったようだ。
現物を見て改めて感じたことだけど、実に達筆。
息子も展覧会などでいろんな書状を見てきたけど、
「きれいなんだかよくわからない文字」、というのが今までの感想だった。
その息子も政宗の字を見て「すげ~きれい!」と言ったくらいだ。
政宗の正室陽徳院(愛姫)の画像もあった。
貴重な資料がたくさん展示されていて、本当に面白かった。
そういえば、この仙台市博物館のトイレ表示がとても可愛かったので
写真に撮っちゃった。

博物館の脇にはこんなものも。

初代騎馬像とでもいうのかな。
戦争の時に、金属の物はことごとく武器に作り替えられたわけだけど、
政宗の騎馬像も例外ではなく、かろうじて残ったのがこの胸から上の部分だ。
仙台市博物館からは一路仙台城址へ。
先ほどのタクシーの運転手さんにいろいろ聞いてあったんだけど、
震災の影響で石垣が崩落したところがあるために現在通行止めで、
徒歩のみの通行となっているとのこと。
では、歩くとどのくらい時間がかかるの?と伺ったら、「40分くらいかな~・・・・・
かなり急な坂だから・・・・1時間も見れば大丈夫」とのこと。
すでに瑞鳳殿でかなりのダメージをおってしまっているところへさらに試練か・・・・
試練を乗り越えてこその喜び・・・喜び・・・・・
というわけでせっせと登ることにした。
道のあちこちで休んでいる人を見かけた。
きついよ・・・・やっぱり・・・・・


それでも休まず登ること約30分。
意外に早く到達。
とうとう、あの騎馬像を拝むことが出来た。

なんだか政宗公に上から見下ろされている気分・・・・・
「大義であった」とでも言ってくれてるかしら・・・・
感無量。
ここには青葉城資料展示館があり、シアターではCGで再現された仙台城を
見ることができた。
これがまた結構リアルで、実際の仙台城が残っていたら・・・・
と思いながら見ていた。現存していないのが本当に残念だ。
ここまでで大幅に予定オーバー。
本当はこの後松島にある瑞巌寺と伊達政宗歴史館に行く予定にして
いたんだけど、入場時間に間に合わないので、断念。
その代わり、大崎八幡宮に行くことにした。
大崎八幡宮へはるーぷる仙台に乗って行った。
それにしてもバスの中はすごい人。
乗りきれない人も続出。
なんだか学生の頃の大学内を走っている超混み混みのバスを
思い出してしまった。(苦笑)
大崎八幡宮到着。

ここも階段か・・・・・・試練試練・・・・・・

階段脇にある灯籠(?)が三日月だった。
ここは大崎氏滅亡後、城下鎮護のため政宗の命により造営された。
国宝だ。

本殿に入る直前に「ここより撮影不可」と書いてあったので、遠目での撮影。
この日、本殿では結婚式が行われていた。
大崎八幡宮の本殿は、瑞鳳殿の装飾と似ていて、本当に色鮮やかだった。
近くで写真を撮れないのが残念。
施設のほとんどが16:30までに入館しないといけないので、
ここまででタイムアウト。
今回は仙台市内の観光だけで終わった。
でもじっくりじっくり見ることが出来たので大満足。
息子にまで「満足そうな顔して~」とからかわれた。
今度は松島方面にも足を伸ばしたいな。
「いつでも参るがよい」の声が・・・・・(とんだ妄想)